弥三郎作品乃台
 
10年くらい前のことですが・・・ネットで偶然に手作り市というものの存在を知りました。どんなものか覗いてみたくなったんで、一番直近で申込受付してた神戸市須磨の手作り市に出展することにしました。そこで、主催者に「面白い男に合わせたろ」と楽しそうに言われました。それが陶芸家弥三郎さんとの出会いでした。それから、その主催者の手作り市に行くたびに弥三郎さんに会いました。朝のオープン前、イベントの合間、時には夜の酒盛りで色々と話をしました。穏やかでやわらかくて強く大きな人でした。出会ってから2年ほど経って、私の父の小屋と弥三郎さんの倉庫が同じ井手町たくみの里にあることを知りました(笑)
2016年夏に私もたくみの里に引っ越してきました。その年の11月にふたつの花器をもってニコニコしながら弥三郎さんがやってきました。
上の写真の角度で使う台をおまかせでと言って置いて行きました。良いのができたら春に京都陶磁器会館でやる個展に展示するとのこと。陶器に鉄を合わせるのは初めてでした。かたいもの同士で喧嘩しないよう、そしてできるだけ鉄の気配を消すような台にしようと思いました。
難しいように思いましたが難しく考えませんでした。思いついた時に思いついたものを作ろうと思いました。ひとつは花器の重さをできるだけ消してみました。ひとつはかたいもの同士を蔓で結ぶようにしました。
口数の少ない人なのでニコッと笑って引き取っていかれました。個展で展示されるのか、それが気に入ってくれたのかの答えだと思い、春を待つことにしました。
まさかそれが個展ではなく遺作展になるなんて。遺作展のダイレクトメールの写真がそれでした。
焼〆鉄黒様は弥三郎さんが独自に編み出した技術だと花器を持ってきたときに教えてもらいました。手作り市では欲しそうに眺めてるが手を出せないでいるお客さんが2回目来たら、ただ同然で持って帰らせてました。酒盛りの時には色んな話を面白おかしく、そして、陶芸のことは熱く語ってくれました。
もっと聞いておけばよかった。もっと教えてもらえばよかった。もっと、一緒に仕事がしたかった。
遺作展の初日に行きました。陶磁器会館の外からダイレクトメールの写真の大きなパネルが見えました。何度も前まで来ては入れずに通り過ぎました。そんな事を半日ほど繰り返した気がします。このままでは閉館時間になるので思い切って入ることにしました。2階の展示場への階段を上がっていくと、最初にドーンとあの作品がありました。タイミングよく他に客は誰もいませんでした。あとで聞くとあまりの様子に声もかけれなかったそうです。その案内係の人は今では呑み友達です。そして、弥三郎さんが色んな人を繋いでいってくれました。陶芸家から医者、仏壇屋と縁が繋がり、陶磁器会館からは個展の写真撮影の時に嬉しそうにあの作品を持ってきたことを聞かせてもらいました。お世話になっている宇治炭山の魚雲窯の隣で弥三郎さんが若いころ修行してたことも後に知りました。何も知らずに色んな所で繋がって、ずっと前からストーリーが始まっていたと知ることができました。
そして、京都陶磁器会館の看板受け金具の制作に繋がっていきます・・・
 
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